エグゼクティブ・サマリー
2050年までに住民数が世界総人口の3分の
2超を占める都市は、21世紀におけるリスク対応最前線に立たされている。人口密度の高い都市部は、異常気象による自然災害、パンデミッや
業事故・テロリズム・サイバー
攻撃をはじめとする人的災害など、様々な脅威
の影響影響を受
けやすい。また貧困や不平等に起因
する社会不安・対立などの発火点となることも
多い。都市レジ エンスの強化が世界的に重要
課題となっているのはそのためだ。
本報告書では、都市レジリ ンスを「自然
災害をはじめとする負荷、そして貧困・インフ
ラの老朽化・人の移動などの長
的ストレスに対する都市の回避・対応・回復能力
と定義する。レジリエンスの高い都市は
非常時でも自律的に組織体制を整え、リスクへ適応し、長
期的視野で能動的に計画立案を行う
力を備えている1。Infrastructure
Asiaのエグゼクティブ・ディレクター Lavan
Thiru氏は、「気候
変動の影響が顕在化しつつある今、都市は非常
事態に適応し、その影響に対応する
だけでなく、
持続可能性を担保する形でレジリエンス強化を図る必要がある。危機発生時における都市と
ての基本的機能が、将来的な問題を招くという状況は望ましくない」と指摘する。
今回が第1回目となる『Resilient Cities Index』の主要な論点は以下の通り:
調査対象都市の多くは、『基幹インフラ』のカテゴリーで優れたパフォーマンスを発揮したが、戦略的対応 には課題も見受けられる。
同カテゴリーで最高スコアを獲得したのはドバイ・上海・ニューヨーク・シンガポールだ。安定した財政基盤を持つこれらの 都市は、数十年・数 年前に構築されたイ ンフラの老朽化に直面するヨーロッパ都市と比べ新規インフラの開発が容易だ。一方、 同カ ゴリーではデジタル・インフラと 交通機関の項目でスコアが低調だった。
データや技術を駆使し組織運営の効率化や 市民との情報共有を進めている都市(スマートシティ)は、非常事態への対応能力が高い
『基幹インフラ』カテゴリーのスコアを押し下げる最大要因はデジタルサービスの提供に不可欠な「インターネット・サービスの質」だ。デジタル・テクノロジーや先進データ分析の活用は、リスク予測や既存体制の最適化、市民への情報発信にプラスの効果をもたらす可能性が高い。デジタル化の推進が(特に基幹インフラにおける)新たなリスクにつながる恐れもある。しかし対象都市の多くは、こうした事態を念頭に置いた体制づくりに取り組んでる。
新興国都市の大半は、長期的視野に基づくインフラ構築に不可欠な規制的枠組み、戦略、インセンティブが十分整備されていない。
非常時への高い対応力と現在・将来的な温室効果ガス抑制を両立させたインフラという項目で高スコアを獲得した都市はごくわずかだ。長期的視野に基づくインフラ・体制構築において一つの鍵となるのは、サステナブル・デザインを取り入れた建築物(例:緑化屋根の設置、モジュラー工法の活用、エネルギー効率を高めるレトロフィット)に対するインセンティブの提供だ。しかしこうした取り組みは、現在のところ高所得国の都市以外では見られない。
環境レジリエンスの分野では、革新的ソリューションの活用が進んでいる。
例えば一部の都市では、洪水・熱ストレスなどへの対策として、緑化屋根やグリーン・インフラ(例:マングローブの植林)、ブルー・インフラ(例:湿地の環境回復)といった自然ベースのソリューションが活用されている。また再生可能エネルギーの導入やネガティブエミッション技術(例:炭素回収・貯留・除去)の活用を通じた脱炭素化の取り組みも進んでいる。しかし新興国の都市では、財政力の制約がこうした取り組みの拡大を妨げている。
『社会組織的ダイナミズム』では多くの都市で所得格差や健康・ウェルビーイングといった項目でスコアが伸び悩んだ結果、低調なパフォーマンスに終始した。
今回の調査では、社会的少数者の支援に向けた包括的プランを掲げる都市がわずか九つにとどまっている。一方、非常事態における能動的対応を推進する都市が多く見られたのはプラス材料だ。この分野で高スコアを獲得、あるいは体制強化に取り組む都市は、全体の半数を上回っている。
『経済』カテゴリーは平均スコアが最も低く、多くの都市で「総合スコア」の押し下げ要因となった。
特に経済面のセーフティーネッ ト整備が進まない現状は、非常時における回復能力強化の足かせとなっている。都市の経済的レジリエンスを評価する上でもう一つ重要な基準となるのは、イノベーション醸成の能力だ。交通渋滞や水ストレス *といった様々な課題を解消する上で、革新的ソリューションは欠かせない。しかし対象都市の多くは、スタートアップ・エコシステムに関する指標でスコアが低迷している。
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はじめに:
都市の時代
都市は長い歴史を通じてレジリエンス・耐久力・適応力のシンボルとなり、革新力・活力に彩られた人類のダイナミズム・進歩を牽引する存在として重要な役割を果たしてきた。特に都市がもたらす様々な機会は、人々を絶えず魅了している。世界銀行の予測によると、都市部の住民は2050年までに世界人口の3分の2超を占めるという2。都市人口の増加が加速する今、世界各国の政府機関はリスク管理体制の見直し、そして先行き不透明な時代の長期的リスクに備えた都市レジリエンスの強化を求められているのだ。 2023年、世界は記録上最も気温の高い3ヵ月3を経験し、未曾有の海面水温上昇と異常気象に見舞われた。都市部の観光地も繰り返し猛暑に見舞われ、世界各地では体調不調を訴える、あるいは日常生活に支障を来す市民が続出4。過去最悪の熱波に襲われた中国でも、極暑対策として改装された地下壕に人々が涼を求めて殺到した。一方、豪雨による被害を受けた地域も少なくない。例えばインドでは、激しいモンスーンによって北部地方の橋・住宅に甚大な被害が発生する中で、ニューデリーでも約40年ぶりとなる一日あたり最大の降雨量を記録した。米国 カリフォルニア州には、84年ぶりとなる熱帯性暴風雨“ヒラリー”が上陸。ロサンゼルスではほぼ一年分にあたる降雨量を一日で記録し、洪水被害が広がった5。9月には香港も、記録開始以来140年間で最も激しい雨に襲われている。また世界各地の都市では、気候変動とは関連のない自然災害も猛威を振るった。例えばシリア・トルコでは、2月に発生した大地震(約6万人が犠牲になった)からの復興作業が続いており、都市レジリエンスと建築基準に関するガバナンス徹底の重要性が改めて浮き彫りとなった6。


都市レジリエンスは、包摂性や平等を推進するだけでなく、住民が予期せぬ事態や災害に直面しても迅速に対応できるよう、備えの文化を醸成しています。詳しくはビデオをご覧ください。
人口密度とインフラの独立性が高い都市では、災害が甚大な人的被害につながりやすい。また貧困・格差・無秩序な開発などにより、社会不安・暴動の発火点となる恐れも大きい。「世界の主要都市部、特に新興国の都市部では、リスクが急激に高まっている」と指摘するのは、南アフリカ ケープタウン市の長期計画・レジリエンス統括エグゼクティブ・ディレクターGareth Morgan氏。
Infrastructure Asia のエグゼクティブ・ディレクター
Lavan Thiru 氏は
「気候変動の影響が顕在化しつつある今、都市は非常事態に
適応し、その影響に対応するだけでなく、持続可能性を担保
する形でレジリエンス強化を図る必要がある。危機発生時に
おける都市としての基本的機能が 将来的な問題を招くという
状況は望ましくない」と指摘する。
こうした都市の現状を受け、Economist Impactが作成した『Resilient Cities Index』[都市のレジリエンス指数]は、『基幹インフラ』・『環境』・『社会組織的ダイナミズム』・『経済』という四つのカテゴリーに分類し、都市の防災体制・レジリエンスを包括的に評価する試みだ。今回の調査では、世界の都市が防災体制・レジリエンス強化を理論から実践段階へと移行させていること、そしてレジリエンス・サステナビリティ両立の重要性が高まっていることが明らかとなった。都市システムの複雑さやダイナミズム、様々な指標の複雑な因果関係もあり、本調査では必ずしも都市レジリエンスの全容を網羅できたわけではない。
都市のレジリエンス指数
調査対象都市のランキング
本報告書について
本報告書の作成にあたっては、様々な研究機関、科学者、研究者の知見や研究成果も活用した。特に都市レジリエンス分野の著名な専門家(敬称略・姓のアルファベット順で下記に掲載)構成される諮問パネルの助言は、特に重要な役割を果たしている:
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C40 Cities, 気候レジリエンス統括ディレクター Sachin Bhoite
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Resilient Cities Network, プログラム・実施統括グローバル・ディレクター Katrin Bruebach
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Arup, フェロー 兼 東アジア 気候・サステナビリティ統括ディレクター Vincent Cheng, PhD
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メルボルン市 , 気候変動・都市レジリエンス部門 共同ディレクター Tiffany Crawford
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ラゴス州 ,レジリエンス部門 最高レジリエンス責任者代理 Folayinka Dania, PhD
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世界銀行, 災害リスク管理スペシャリスト Ross Eisenberg
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メキシコ市, レジリエンス最高責任者 Norlang Garcia
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香港科技大学, チーフ開発ストラテジスト 兼 環境研究所 教授 Christine Loh
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The New School, 都市環境学 教授 兼 Urban Systems Lab ディレクター Timon McPhearson
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ケープタウン市, 長期計画・レジリエンス統括エグゼクティブ・ディレクター Gareth Morgan
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慶応義塾大学, 大学院 政策・メディア研究科教授 ラジブ・ショウ
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オックスフォード・ブルックス大学, イノベーション 担当教授 James Simmie
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Resilient Cities Network, エグゼクティブ・ディレクター Lauren Sorkin
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Infrastructure Asia, エグゼクティブ・ディレクター Lavan Thiru
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ロンドン市 防災, レジリエンス担当副市長 Fiona Twycross
ご協力をいただいた皆様には、この場を借りて御礼を申し上げたい。
本報告書の作成は、Economist
Impactに所属する下記リサーチャー・ライター・エディター・グラ
フィックデザイナーが担当した:
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プロジェクト・ディレクター Gillian Parker
プロジェクト・マネジャー Ritu Bhandari
シニア・アナリスト Shreyansh Jain
シニア・アナリスト Satvinderjit Kaur
アナリスト Bilge Arslan
アナリスト Divya Sharma
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コントリビューティング・ライター Adam Green
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コントリビューティング・エディター Emma Ruckley ・Amanda Simms
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デジタル担当副ディレクター Cheryl Fuerte
アート・ディレクター Wai Lam
またKatherine Stewart[プリンシパル・ベンチマーキング統括責任者]、Shivangi Jain[先端分析担当シニア・マネジャー]、Pratima Singh[プリンシパル]など、Economist Impact・Economist Intelligence Unitに所属する専門家もリサーチに貢献している。
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